FC2ブログ

晴耕雨読?それとも晴耕雨打?

仕事・家庭菜園・囲碁・アンネのバラ・そして旅行。結構忙しい。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

被災地訪問 in 大槌町 まとめ

震災前の大槌町2015年3月の大槌町2016年3月の大槌町
上の3枚の写真は「震災前の大槌町」「2015年3月の大槌町」「2016年3月の大槌町」である。写真家の伊藤陽子さんは、「震災の日の朝用事で宮古へ行きそこで被災。何とか帰って来たときは町が消えていた」と表現されていた。確かに家も道も何もかもなくなっている。私は2015年3月に初めてここに来たので、震災の日の荒れ果てた様子はわからないが、写真集を見ると、町全体が瓦礫置き場に変わっていた。そして5年、瓦礫は片付いているが、2枚目の2015年と3枚目の2016年の1年後の町様子を比べても、ぱっと見るだけでは復興してきたということがほとんど感じられない。

丹後にいるとメディアでしか情報は入らない。今その情報はほとんど流れてこない。「もうある程度復興できたのではないのか」と誤解してしまう状況である。
昨年私は、大槌町の被災の様子を少しでも理解するために伊藤さんの写真集を買った。同じ写真集を今年も買った。今年購入した写真集は、1人でも多くの人に町の様子を理解してもらうために峰山図書館に寄贈した。一緒に行った仲間は網野図書館に持っていくと言っていた。もし時間があれば一読してほしいと思う。

はっきり言う。多くの人たちが日夜努力はしているが、いつ復興するのか見通しが立たない状況であるように思える。

震災から5年がたちその年小学校に入学した子どもたちは今年6年生になる。この子たちの小学校の思い出は大人になった頃は取り壊されているプレハブ校舎である。
仮設住宅では引っ越しできる人とそこにいるしかない人とに分かれ、取り残された高齢者が寂しい思いをして暮らしているという新たな課題もある。
私たちが仮設住宅を訪問したとき、そこに住んでいる人たちは待ちかねたように私たちを出迎えてくれた。そして、最近は「ボランティアで来てくれる人も少なくなり毎日が寂しい」と吐露された高齢者もいた。

さらに、「ボランティアが減る」ことで「カリタス大槌ベース(宿舎)の閉鎖」が決まってしまった。ここが閉鎖されると、私たちの宿舎にかかる経費が高くなり経済的に行くことが難しくなる。するとさらに「ボランティアが減る」という負の連鎖が始まるかもしれない。

それでも私は行きたい。今年参加した菜の花プロジェクトを応援するためにも、町の復興の手伝いをするためにも。

去年は仮設住宅以外で子どもの姿を見ることはできなかった。今年は町の一角にグランドができていてそこで野球の練習をしている中学生の姿が見られたのみである。一日も早く、河川敷にいっぱい咲いた菜の花が、そして元気に遊ぶ子どもたちの姿が見られる町が蘇りますように。
スポンサーサイト

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://suonada.blog.fc2.com/tb.php/486-3b8f1aba
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。