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晴耕雨読?それとも晴耕雨打?

仕事・家庭菜園・囲碁・アンネのバラ・そして旅行。結構忙しい。

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第67回 正倉院展

一昨日の夜高速が工事中になっっているのに気がついた。
初めは与謝ー宮津館のはずだったが、調べてみると宮津ーわち間も20時から6時まで通行止めだった。
当日の往復は時間的に苦しいので、急遽ホテルを探し昨日仕事を終えてから出発した。食事もせずに急いだので、丹波味夢の里に20時前に到着。
しかしレストランはもう閉まっていたので夕食は奈良に着いてから。
宿泊施設は興福寺近くのペンション、朝食付きで4000円ちょっと。(^-^)v

ホテルのレイアウト朝食正倉院展の入り口
朝5時に目が覚めた。朝食を済ませて、国立博物館へ。9時過ぎだったがもう並んでいた。といっても、去年の半分くらい。5分から10分ならんでいたら入場。
入場後は、ボランティアによる見どころ講演が約30分。スライド上映のため場内の照明を落としたので、少し居眠りをしてしまった。(((^_^;)
その後展示へ。一番気に入ったものは一通り見終わったらもう12時半になっていた。
彫石横笛彫石尺八伎楽面力士
興味を引いたものをいくつかあげるとすると、やはり、蛇紋岩で造られた横笛と尺八が一番。(^^ゞ
そして、伎楽面。写真は力士だが、他にも数点の伎楽面があった。これらのお面は後ろに少し切り込みがあり被ることができるようになっているのだが、その切り込みが思ったよりも小さく被れるかどうか疑問だった。
他にも物差しやら古文書(住民票のような、家族のデータを書いたものもあった)やら興味深いものがたくさんあった。古文書はこれまではただ見るだけでほとんど素通り状態だったが、今年の春から丹後郷土資料館の古文書講習会に参加しているため、今年は知らず知らずのうちに古文書にもじっくりと時間をかけて読める字を探していた。
法華寺御流の生け花庭園2抹茶で一服
拝観の後は急いで昼食をすませて、恒例の茶席。入り口には今年も法華寺御流の生け花。茶席に入るときれいに整備された庭園がある。しばらくのんびりと日向ぼっこをした。
南円堂前の橘南円堂の裏国宝 興福寺の三重塔
その後、博物館で正倉院展のお土産を買い、興福寺から三条通を職場へのお土産物を探してブラブラしていると、南円堂の後ろに三重塔があるのに気がついた。これまで何度も来ているのだが南円堂の後ろに回ったのは今回が初めて。
この三重塔、調べてみると、興福寺のなかでは北円堂とともに最も古い建物だそうだ。
興福寺のサイトには次のようにある。
「康治2年(1143)に崇徳(すとく)天皇の中宮(ちゅうぐう)が創建されましたが、治承4年(1180)に被災し、間もなく再建されました。
北円堂(ほくえんどう)とともに興福寺最古の建物で、高さ19.1m、初層は方三間で4.8m、本瓦(ほんがわら)葺き。
鎌倉時代の建物ですが、木割が細く軽やかで優美な線をかもし出し、平安時代の建築様式を伝えます。」
摩利支天石工事中の興福寺金堂夕飯
三重塔の近くには「摩利支天石」と彫られた石があった。調べてみると、「宝蔵院流槍術の創始者胤栄が祀っていた石」とある。宝蔵院流槍術といえば宮本武蔵を思い出す。中村錦之助の宮本武蔵がお寺の境内で宝蔵院流槍術と試合をする場面を覚えている。・・・古~。
そして、興福寺境内を一回りして帰路に就いた。20時までには丹後に着かなければ高速を下ろされてしまう。

正倉院展、来年もまた来たい。それまでにもう少し古文書が読めるようになりたい。
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