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晴耕雨読?それとも晴耕雨打?

仕事・家庭菜園・囲碁・アンネのバラ・そして旅行。結構忙しい。

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エンドウの支柱立て

春になりエンドウのツルも伸びてきたので、今日は支柱を立てた。
エンドウの周りにはコンパニオンプランツとしてニンジンと二十日大根を植えてあるのだが、どちらも冬の間はほとんど成長しなかった。特に二十日大根は発芽したものはほんの数本だった。(^^ゞ
ニンジンは、枯れずに冬を乗り越えてくれた。我が家では食前のサラダとしてニンジンは必需品。収穫できるニンジンが少なくなってきたので、早く大きくなってほしいものだ。
伸びてきたエンドウ 二十日大根 ニンジン

作業:まず、支柱を固定するための杭を4本打ちこんで(写真1)、トップに尾根をくくりつけた(写真2)。
本来ならここでネットを取り付けるのだが、ネットに絡んだエンドウは後始末に困る。そこで、今年は直径5mmほどのカーボンを縦横30cm~50cmくらいの間隔で取り付けてネット代わりにしてみた(写真3,4)。
表面がわりとツルツルしているのでエンドウが登っていけるかどうか心配だ。もし、登れないようならもう一工夫が必要となる。去年、メロンの支柱代わりにカーボンを取り付けた時は、なんとか登っていたのだが・・・。
支柱設置中1 支柱設置中2 支柱設置中3 支柱設置中4

ともかく、支柱立てが完成した(写真5、6)。
大きくなってきたエンドウのツルを支柱の傍に移動して、作業完了。
うまく登ってくれますように。
支柱設置中5 支柱完了 設置後のエンドウ1 設置後のエンドウ2

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久しぶりの対局

しばらく失業者の仲間入り。
畑も待っているのだが、今日は天気がすぐれないので、久しぶりにインターネットで2局対局をした。
1局は午後3時頃、もう1局は夜。どちらも相手が強かった。(T_T)
少し形ができると必ず緩手が出てしまう。「よしっ」と思ったとき、深呼吸をする気持ちになれればいいのだが。1手1手、マウスから手を離すようにしたい。
日曜日の午前中には同じくネット碁が予定されている。せめて、見られてもはずかしくない碁が打ちたい。
明日も1局打とう。
負けにくい碁を心がけて。

放春花の植え替え

10日ほど前購入したボケの花、忙しさに追われそのままビニールポットに入ったままになっている。植え替え時期は秋とのことなので、取りあえず8号鉢を購入して根をほぐさずそのまま移すことにした。
盆栽風に育ててみたいので、鉢もやや盆栽風のものを選んだ。
植え替え前1 植え替え前2

まずは、底石の代わりに赤玉土を3cmほど入れ、その上にポットからすっぽりと抜き出した苗木を置いた。
そして、その周りに赤玉土と培養土を混ぜた土を入れ、最後に灌水。
植え替え中1 植え替え中2
今はまだ花が付いているので、当面は家の軒下に置くことにした。
今まで盆栽に取り組んだことがないので、どの枝を切りどの枝を育てるのか、まったくイメージが湧いてこない。
花が終わったら、ゆっくり考えてみよう。
植え替え完了1

黒潮 東絞り 長寿冠 白寿

家の花壇には水仙がいっぱい出ている。これから蕾を伸ばすもの、もう開いているもの、さまざまだ。チューリップも10cmくらい伸びてきた。玄関の寄せ植えも、紅梅はまだこれからだが、白梅が満開になった。
来週からは畑仕事に専念することになりそう。
水仙 寄せ植え1 寄せ植え2

今年度の分布調査終了!

通勤で見る日本海も今日で見納め。
今朝は最後の写真を撮るために車を停めた。
波は静か(晴朗ではないが・・・古ぅ~、どっかで聞いたような)だったので、海岸線の岩石を映した。
この辺り一帯は安山岩が大半を占めている。
安山岩の柱状節理1 安山岩の柱状節理2
その一部にどうしても堆積層に見える部分が目に入った。
始めは安山岩の柱状節理かと思っていたのだが、見れば見るほど堆積層に見える。この辺には堆積層もあるのだろうか。
下の写真が堆積層に見える地層だ。詳細は現場まで下りていかなければはっきりとは分からないが、いつか調べてみたい。
安山岩の柱状節理と堆積層?1 安山岩の柱状節理と堆積層?2 安山岩の柱状節理と堆積層?3

さて、仕事だが、先週で現地調査を終え、月曜日と今日水曜日は略図と踏査図の整理を済ませた。
といっても、今回の地域は古墳も遺跡も新規発見が少なく、当然略図の枚数も少なかったので、何とか図面の整理を終えることができた。
今回の目標の一つに大成古墳群の確認作業があった。所在がはっきりしないものは10号墳、12号墳。一応見つかったが50年前に確認されたものと同一とは言えない可能性があるものが2号墳と3号墳だ。18基のうちどうしてもわからないものは1基、大成1号墳だ。笹ヤブをくぐり段丘の端近くまで歩き回ったがどうしても見つからなかった。
全体として、今回の地域(丹後町)の特徴は、私見だが、城跡や古墳はもっとあったが、数多くが生活のため破壊されたと思われる。
山の中のあちこちには平坦面が数多くある。地元の人の話では「隠し田畑」の跡らしい。
昔(多分江戸時代)、年貢を取られない「隠し田畑」を開墾していたとか、平地が少なく収穫量も少なかったため、こういうものができたようだ。そして、数少ない耕地面積を少しでも確保するため、古墳や城跡などは少しずつ削ってしまったような気がしている。有名な袖志の棚田も耕地面積を確保するため工夫されたものだろう。
山の中まで水路を作っているのも特徴の一つだ。山の中の水を水路で集めて水を確保し、灌漑用水として利用しているのだろう。この用水路はコンクリート製やU字溝製のものも見られるので、現在まで現役だ。
土地や山を大切にし水を大切にしていることがはっきりとわかる。
最後に、元号の入った古い墓石が残っているのもここの特徴だ。一番古いと思われるものは江戸時代初期(3代将軍家光の頃)まで遡る。しかも、今も毎年お盆には墓参りをしていると聞いた。御先祖様も満足だろう。
次の遺跡調査は年末か。乞うご期待!!

山陰海岸ジオパーク ガイド交流会

今日は山陰海岸ジオパークエリアのガイド交流会(私も一応1種ガイドです (^^)v)に参加した。ジオパークガイドの仲間と待ち合わせて久美浜市民局に向かった。
今回は秋のアジア太平洋ジオパークネットワークのシンポジウムとと日本ジオパークネットワークのガイドフォーラムを控えての準備会の様相があり、鳥取県からの参加もあり全体で80名を超える盛会な交流会だった。
午前中は7つのエリアのバーチャルジオツアーガイドの発表。
開会前 京丹後NPOまちづくりサポートセンターの発表1 タイムスケジュール 京丹後NPOまちづくりサポートセンターの発表2

鳴き砂1 鳴き砂2 APGNツアーAコース

郷村断層1 郷村断層2 神鍋高原エリア1 神鍋高原エリア2

英語原稿
バーチャルジオツアーを終え、オブザーバーの先生による講評があった。
・歴史上の人物や神様の名前は外国人にはわからないので、詳細に説明しても分かってもらえない。
・元号は西暦に直す
・バスにはジオパークの専門家も乗っているので、そういう人に話をふってもよい。
・一番後ろの人を見て話す
・その場に見えることしか話さない
・バスから降りるとジオパーク関係者の多くが看板を見に行くので、分かりやすい看板をつくる
・この中で一番勉強になったのは「バーチャルツアーとは何か」について、オブザーバーの先生から説明を受けたことだった。
その説明とは、「バーチャルツアーといってもやはりツアーでありプレゼンテーションは違うので、そこへ行ったつもりでガイドをすべき。従って、パワーポイントなどを使うのは大いに良いことだが、スライドの中に説明文はいらない。歩く順序に写真を映し、その写真を見ながらガイドをしていくものだ」ということだった。
なるほど、バーチャルでもガイドはガイドということかと、納得した。

昼食休憩をはさんで午後は通訳案内士さんの講演があった。
テーマは「ガイドの心得」と「通訳から見た良いガイド」についてだった。
「ガイドの心得」では、外国人を迎えてのガイドの注意点であり、原稿の作成やガイドのシュミレーションなどできるだけ入念に準備をしておいた方が良いガイドができるということだった。
「通訳とガイド」では時間配分や簡潔なガイドなど、通訳に分かりやすいガイドをしてほしいということと、ガイド一人一人が文の暗記ではなく自分の言葉でガイドをしてほしいというものであった。
後援の後はグループ討議で秋のアジア太平洋ジオパークネットワークシンポジウムを控えて、どんなふうにガイドをしていくかについて討議し発表を聞いた。
グループワーク発表

今日は実り多い一日だった。

黄砂到来

寒い冬が終わり日一日と暖かくなってきた。
数日前に畑に行ったら、雪に埋もれていたシイタケ、キャベツ、ブロッコリーが少しずつ大きくなっていた。キャベツの周りには虫除けにレタスが植えてあるのでそれほどでもないが、ブロッコリーはレタスを植えていないのでかなりひどく葉を食べられている。間もなく啓蟄、虫が出てきても仕方がない。明日は追肥と自家製防虫剤を散布しなければ。
シイタケ1 シイタケ2 キャベツ ブロッコリー1

春の厄介者と言えば黄砂もだ。
いつもはきれいな丹後の海もわずか2km足らず先の城島もぼんやりかすんでいる。
「どんよりけむる 地平のぼかしは うすももいろの 朝のしめりだ」
高村幸太郎はこれを空だと言ったのだろうか。やっぱり青い空と海が良いな。
空だけでなく近くの海の色も煙っている。
黄砂4 黄砂3 黄砂1
黄砂4 黄砂2

快晴の日本海の写真を1枚(2月16日)。
快晴の日本海1

災害ボランティアセンター協力者研修会

今日は地元の囲碁大会。前回(昨年9月)も淡路島旅行の為欠席だったので、今回は参加する予定だった。
しかし、災害ボランティアセンター協力者研修会が急遽予定されていた。
この研修会は昨年の秋に予定されていたのだが、そのときは台風か何かで警報が発令され延期になっていたものだ。
悩んだ末、囲碁大会は午前中だけ事務局として参加し、午後の研修会には参加することにした。
今回は囲碁大会の参加者が少なくわずかに11名で奇数だったため、私も午前中だけ参加することにした。
体調を崩している高齢者の方もおられる。若手の育成が急務だ。子ども囲碁教室を初めて早や13年。ここで囲碁を覚えた子どもが成人して大人の大会に参加してくれるのはいつになるだろう。
囲碁大会2 囲碁大会1 囲碁大会3

昼食弁当を囲碁大会会場で食べ、13時からのボランティア研修会会場に向かった。昨年から福島の子どもたちの支援ボランティアに参加するようになり、災害ボランティアときちんと向き合うために今日の研修会に参加した。人口6万人足らずの小さな市だが、ざっと見ただけだが50人以上の参加者があった。
研修会だけでなくいろいろなボランティアに参加しながら、一個人の集結した力をはっきする方法を学んでいきたい。
今日学んだこと:
ボランティアとして
1.ボランティア研修を受ける
2.被災地のスタッフの指示に従う
3.押しつけにならないボランティア活動を心がける
4.一番つらいのは被災者であることを忘れない
ボランティアセンタースタッフとしては、スタッフ同士の連携を大切にして、大勢で目的(支援活動の進展)に向かう
など。
災害ボランティア研修会

夜は3人でケーキを食べた。誰かの誕生日でもないのだが、久しぶりだったのでうまかった。(^^)v
ケーキ

網野、高天山ハイク

今日はジオの仲間と網野の高天山へ登った。
下調べで倒木が道路を塞いでいることがわかり、今日は参加していないが、ジオの仲間にチェーンソーで倒木処理をしてもらったためかなり上まで車で登れた。
歩き始めると植物博士からいろいろな話を聞いた。
写真2:蛇の鱗のように見えることから「蛇苔」。
写真3:杉の落ち葉をそっとねじると写真のようにトゲトゲが一直線になり、茎の周りに三ヶ所針が付いているような形になった。そのことからスギの漢字は「木+彡=杉」となった。
写真4:普通の木は枝と葉がはっきりと分かれているが、ヒノキは枝が見えない。枝はどうなったかというと、葉(うろこ状に見える部分)に囲まれて見えなくなっている。

車を降りて、いざ頂上へ 蛇苔 杉 ヒノキ

写真5、6:両面シダ。このシダは表も裏も緑色をしていることから名付けられた。
写真7:鳳凰苔
写真8:杉苔
両面シダの表 両面シダの裏 鳳凰苔 杉苔

いろいろ見ながら頂上を目指してきたが、あと100mのところまできた。ここで勾配が最大となった。車を降りてから約30分の行程は大したことはないと思っていた。しかし、頂上に近づくにつれて勾配が急になり結構ハードだった。手すりとロープが設置してなければかなり危険な勾配だった。
頂上に登ると一気に視界が開け、網野町が一望できた。実に良い眺めだった。
頂上まであと一息 頂上の標識 頂上から見た八丁浜 頂上から見た離湖

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さらに、頂上付近には角礫凝灰岩と思われる岩石があった。網野層と呼ばれる1500万年前の火山活動のときのものだろう。急勾配の坂道でロープを離し写真を撮った。(^^ゞ
角礫凝灰岩?1 角礫凝灰岩?2

また、下岡城の郭と土橋と思われる地形もみることができた。
中世丹後は一色氏の勢力だったが、織田信長の台頭によりそのほとんどが滅ぼされ、そのときの将である細川氏が丹後の支配者となったようである。
下岡城跡土橋 下岡城郭跡

次は細川ガラシャ(明智光秀の娘で細川忠興の正室)の丹後の味土野への幽閉路を歩いてみようと話しながら、下山した。
これもまた楽しみである。

山歩き20150220

今年度の遺跡調査もいよいよあと一週間。来週は略図の整理が待っているので、踏査は今日が最終日。
午前中はやり残している大成古墳の1基の捜索をした。
昔の記録にあった高さ2m超の笹林の中を捜し、石室を作っていそうな大石を探して歩いた。
笹林の中の1時間はかなり重労働だったが、笹林を抜けるとそこは「雪国」ならぬ立岩が待っていた。
笹林を抜けると探しやすくなりかなり岸壁近くまで探したが、20cm程度の小石が固まっているところはあったが、石室らしきところは結局見つからなかった。残念だが、残りの1基はまた機会があれば探すことにして、大成古墳群の捜索は幕を閉じた。
古墳は見つからなかったが、蕗の薹がたくさん顔を出していた。この辺りは今は笹林だが春になればいろんな草が伸び、とても人が入れるところではない。少しだけ貰って帰った。
笹の中1 笹の中2 立岩
蕗の薹 蕗の薹2

午後は丹後町谷内地区の一番奥の山の中を歩いた。
上山地区とほぼ同程度の高さ(高度230mくらいかな)まで探しながら登った。
収穫は、古墳状の高まりが2基あったことと石塁と言えるかどうか分からないが石が積んである個所が1ヶ所と古墳とはいえないが高さ2mクラスの巨石がかなり集まっている頂上を見つけたこと。私は地質が好きなのでこういうものを見ると、どうしてできたのだろうと思いを巡らしてしまう。一緒に行っている同僚の姿が見えなくなったと思ったら電話がかかってきて、すぐに追いかけた。(^^ゞ
上山集落1 上山集落2
石塁1 石塁2 石塁3

巨石4 巨石1 巨石2 巨石3

来週は略図の整理。それがすんだら今年度の踏査は終了。新年度はまた遺跡カードのデータベース化作業をする予定。

H先生の思い出(2)

こんなこともあった。
授業中にもかかわらず勉強はそっちのけで、私は一生懸命指笛の練習をしていた。
何度吹いても「すー、すー」。少しも鳴らない。
思い切って吹くと突然「ピー」と鳴った。びっくりして先生を見たら、やはりこっちを見ていた。(+o+)
叱られると思った。
先生は「止めとけ」と一言だけ言って何事もなかったように授業にもどった。
その後の授業内容は全く覚えていないが、ホッとした気持ちだけは忘れられない。

中学生になってからも、時々先生を訪ねた。
当時は教員による宿直がありH先生が宿直のときを狙って同級生と一緒に夜の学校に遊びに行った。
小学生のときのいろんな裏話をしてもらったり、当時叔父から教えてもらったばかりの囲碁の相手をしてもらった。
一緒に行った同級生も囲碁を知っていて一緒に楽しんだ。私たちが高校を卒業し京都に出てからも、私たちはときどき囲碁を打って遊んだ。彼とは今も囲碁を楽しんでいる。

H先生が転勤になっても、だれかに赴任校を聞き先生を訪ねた。放課後訪ねた時は時間を割いてつまらない話し相手にしてもらえた。そして、最後はいつも「また来いよ」。
もちろん、また行った。(^^ゞ

10年ほど前先生の家を訪ねたとき、「体調がすぐれず好きな囲碁を打ちに出かけることが難しくなり、パソコンゲームで囲碁を打っているがあまり面白くない」と、先生から聞いた。私は30年ほど前から囲碁を再開し、少し前からインターネット対局を楽しんでいた。そのことを先生に伝えると、インターネットで対局できるようにしてほしいと頼まれた。無料のインターネット碁会所の登録をしてあげた。
インターネットに接続することを覚え、対局コマンドを覚え、高齢になってからの操作は大変だったと思うが、すぐに対局が見られるようになった。その後、アカウントの使用状況を見るとほとんど毎晩0時~1時ころまで対局していた。
家を訪ねた時も「ネット対局ができるようになって助かっている」と言ってもらえた。
私は、やっと少しだけ恩返しができたような気がした。

しかし、昨年8月11日を最後のLog onとしてピタッとネット対局のLogが更新されなくなった。心配になり家に電話したところ、息子さんから先生が入院されたことを聞いた。
それからもLog on日時を確認する日が続いた。10月になっても年が明けても、二度と更新されることはなかった。

先生の対局が見たい、もう一度先生と対局したい、もう一度先生と話がしたい。
ありがとう、先生

合掌

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