晴耕雨読?それとも晴耕雨打?

仕事・家庭菜園・囲碁・アンネのバラ・そして旅行。結構忙しい。

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第9回 峰山子ども囲碁大会

今日は、第9回峰山子ども囲碁大会。参加者は、1人欠席連絡があり、低学年12名、高学年8名、合計20名だった。


2つのグループに分け1人5局打ち、スイス方式で実施した。高学年の部は、4連勝の児童が最終局でまさかの敗戦、ソロコフ1点差で順位が入れ替わってしまった。
低学年の部は本命が順当に勝ったものの、3、4位争いがソロコフ、SBも同点、当同好会特有のポイント算定でやっと3位が確定。
外では雪が降っていたが、低学年の部も高学年の部も寒さに負けない白熱した大会となった。

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福島子どもキャンプ打ち合わせ

昨年からボランティアとして参加している「ふくしま子どもキャンプ」の第1回の打ち合わせがあった。
出席者は全部で15名。去年の課題点の克服、今年の方針、日程などを話し合った。
福島県の施設での生活は今も幼児の外遊びは1日1時間と制限があるとのこと。丹後に来た子どもたちはキャンプ、海水浴、碇高原、中浜の夜祭りなどなど、福島へ帰ってからも楽しそうに話をしているようだ。
改めて、ふくしま子どもキャンプの意義を感じた話し合いだった。
夏のキャンプ実施までにはまだまだ話し合いを続け準備しなければならないが、昨年同様今年も子どもたちに楽しんでもらえるキャンプになってほしいと願っている。

私の今年のキャンプ目標:私が無農薬で育てたイチゴを子どもたち全員に届けたい。ハウス栽培は別だが、普通イチゴは5月が最盛期、7月はもう終わっている。しかし、去年は8月下旬まで実をつけた。今年は子どもたちがキャンプに来る1週間にたくさん実をつけるよう、実りを調整してみたい。

会議を終え帰路に就いた。今日から冬型の天候が続きそうだ。屏風岩も立岩も大波に洗われている。
犬ヶ岬は霰が降り煙ってよく見えない。しかし、日本海では厚い雲の隙間からきれいな日差しが見えていた。立岩もそうだった。
典型的な裏西気候である。
屏風岩 屏風岩
晴れ間 犬ヶ岬
立岩 晴れ間が見える立岩

道の駅で耳にしたことだが、後ヶ浜から大成古墳群に続く遊歩道の一番下の階段が、波に洗われ流されているらしい。すぐに様子を見に行ったところ、写真のように浜に届く部分が完全になくなり、その上もコンクリート部分の支えがなく、このまま放置するとさらに被害が拡大することが予想される。
今年の秋はGeoParkの大会があり、日本各地から、また外国のGeoPark関係者が山陰海岸ジオパークを見学に大勢やってくる予定になっている。
立岩から大成古墳に至るこの遊歩道もその移動ルートとして非常に大切なところ、一日も早く直してほしいと願っている。
遊歩道 遊歩道

波に洗われた遊歩道


山歩き20150127

今日は丹後町中浜の山の中。今日で3回目。
はっきり古墳・遺跡といえるものはなかったが、類似のものはいくつかあった。
この地域は近年(戦後か?)山を利用していたためか作業道をつくったり、植林地帯をつくったり、畑をつくったり、原型がなくなっているところがたくさんあった。
それだけに、郭跡の平坦面か、城郭の切り離しの谷かなど、はっきり言えないものが非常に多い。
頂上付近に上がると、眺望を妨げる樹木も少なく、中浜港から遠くは犬ヶ岬まできれいに一望できる絶好の展望だった。

中浜港 20150127_113026_R.jpg 20150127_100151_R.jpg

丹後町新春囲碁大会

今日は丹後町の囲碁大会。
今日は1リーグ7人6局打ち(総当たり)。
出だしは快調、中押し勝ちで3連勝。しかし、この後苦戦が続く。2目勝ち、持碁勝ち。運良く勝てたが、運が良かった。
そして、最後の1局。最近、対戦成績が悪い人との対局だ。結果は6目負け。また負けた。(+o+)
しかし、5勝1敗で優勝だった。(^^)v
商品は缶ビール。いつものように友人へのお土産。今頃は友人の腹の中かな。
20150125_082549_R.jpg 20150125_082559_R.jpg 優勝賞品

子ども囲碁教室

来週31日(土)に子ども囲碁大会を控え、今日も13名の子どもたちが練習に来た。
子ども同士の対局で指導を受ける子ども、大人との対局で指導を受ける子ども。
指導に来られた同好会のメンバーの中には昨年脚の骨折で何カ月も入院、現在も松葉杖生活で座れないにも拘らず、久しぶりに指導に来てもらえた。
(^0_0^)

大人に指導を受ける子どもの対局 大人の指導碁を受ける子ども1 大人の指導碁を受ける子ども2

囲碁教室と並行して子どもたちの抹茶の練習も始まった。
対局場が茶席に変わり、囲碁同好会のメンバーも一服いただいた。
うまかった。(^^♪
抹茶の練習をする子ども 抹茶

山歩き20150123

今日は中浜の山を歩いた。勾配は急で、緩やかなところも笹の群生地で歩きにくかった。。
大鳥居には明治の文字が刻まれていた。100年前の建立か。石段にはそれ以前の鳥居の一部と思われる円柱の石材が使われていた。文字が見当たらないので時代は不明だった。
大鳥居

そこから少し上がると急勾配になった。道はあるがよそ見をしていると転がり落ちそうだ。30度ちかくはあるかもしれない。曲がりくねった道を40mほど上がるとコンクリート製の祠のようなものがあった。中には石燈籠のようなものが1つ。この辺りから大きな角礫を含んだ礫岩が多くなってきた。下は安山岩、上は礫岩層というところか。
仮祠? 礫岩1 礫岩2

大きな平坦面まで登ると愛宕神社の境内があった。かなり広い。20mくらいはある。
向かって右手に竪掘りのようなものが見られたが、他には城跡を連想させるようなものはなかった。
愛宕神社境内

しかし、境内の裏から皿に登ると、いくつも平坦面が点在していた。郭跡かというと他の造作がないのでなんともいえない。
他に土塁状の盛り上がりもあるが、これも決め手に欠ける。上に本丸と思われるものがあるのだろうか。
山の中を歩き回ったところ、7,8mの切り通しがあり、現在は作業道として使われているようだったが、道は途中でなくなり崖になっていた。やはり城跡か。頂上部に平坦面はあるが、本丸跡とは言えないかもしれないが、また日を改めて出直すことになった。
少し見晴らしの良いところに出ると、中浜漁港が見えた。
中浜港1 中浜港2

スマホの機種変更

昨年暮れ約2年間使っていたスマホを落としてフロントガラスにひびが入ってしまった。
(T_T)
20150109_232805_R.jpg 20150109_232840_R.jpg

仕事で使う機会が多いため、やむを得ず機種交換をした。前回は画面が大きいNoteⅡ、進められたのが後継種Galaxy Edgeだった。Edgeの利点は良く分からないが、画面が大きいのでこれに決めた。

10日ほど前、1ヶ月たつかたたないかで突然フリーズ。電源を長押し、回復、フリーズを何度か繰り返すと、そのときは何とか復旧、しばらく正常に動いていた。
しかし、昨夜再起動をして就寝したところ、朝起きてもまだ起動していない。画面はうっすらとアイコンの影が見えるくらいで、全く反応がない。即、仕事で不都合が出るので今朝購入店へ行き相談した。
バッテリーをはずしたところ再起動できたということで、手元に返ってきた。しかし、話をしている間に再び三度フリーズを繰り返した。
1時間を経過し、そろそり午後の用事の時間が迫っている頃、チェックでは異常なしと出ているので、何かのアプリが原因と考えられます。今のところ正常に機能しているので、しばらく使って、またフリーズするようなら修理をします。データのバックアップを取っておいてくださいと、端末を持って来た。
購入後1ケ月、何度もフリーズを繰り返しているにもかかわらず、である。
アプリが原因といわれても、前の機種でインストールしていたものばかりである。
(-"-)
何か割り切れない気持ちで帰宅。今のところフリーズはないが、写真を見ようと「ギャラリー」を起動すると必ず「Sumsong Galaxyは停止しました」とエラーメッセージが出る。
明日は仕事なので、明後日機種交換を申し出ようと思う。

山歩き20150121

今日は丹後町井谷の奥の山に入った。
ここにも山の入り口に神社がある。すんでいる家はもう10戸もないはずだが、境内はきれいに清掃されている。
境内の裾は急勾配になっているため崩落防止の平坦面が3段くらい作ってある。どこの神社もそうだが、居住者が少なくなっても地元の人に大切にされている。
外で作業をしていた地元の人に話を聞いたところ、何年か前にあちこちにあったお地蔵さんを一ヶ所に集めたということだった。
八幡神社鳥居 八幡神社境内 村の地蔵

山の様子はというと、石塁と思われる石組があちこちに見られる。これは他の地域ではなかったこと。何かの遺跡かと期待したが、50年くらいまで使われていた炭焼きの窯跡が2基と古墳かと思わせる巨岩が数か所にあったことくらい。どちらも遺跡というには少し無理があるようだ。
石塁1 石塁2

炭焼きについては、地元のおばあさん(80歳前後?)の話では「子どもの頃学校へ行く前に炭焼き小屋へ寄って炭を背負って学校の燃料にした」ということだった。つい最近まで炭焼きは行われていたようだ。
炭焼きの窯1 炭焼きの窯2 炭焼きの窯3 炭焼きの窯4
炭焼きの窯跡2 炭焼きの窯跡2

良く分からないのが、このトレンチ跡のような掘り跡。
トレンチ跡?

また、この山のどこかに、雪が降ってもすぐ融けるところがあり源泉があるかもしれないという話も地元のおばあさんから聞いた。宇川温泉を掘り当てるとき、「そこを掘る方が早いのに」と話をしていたとか。(^0_0^)

山歩き20150119

雨やアラレが降ったりやんだりの天気だったが、今日も元気に丹後町宇川地区の山登り。(^0_0^)
最初に目に入ったのは使われなくなった墓地。江戸時代の年号もあり昭和に建立されたものもある。昭和といってもすでに40年は経過しているが、まだ数年前に作られたようにきれいに磨かれている墓石が1つあった。村は離れても毎年墓参しておられるのだろう。
さらに歩いて行くと、石仏が1ヶ所に集められている地点が3ヶ所あった。
その1つには60cm~80cmの五輪の塔(?)らしきものがあった。1石つくりである。ここではほとんどが1石作りだった。
石仏 五輪の塔?

さらに歩いていると、改革で有名な享保・寛政・天保年間の年号が刻まれている。雨が降っていたので、墓石を1つ1つ確認することはできなかったが、調べればさらに古いものもあったかもしれない。
享保年間の墓石 寛政年間の墓石 天保年間の墓石

次に見つけた石仏群もやはり1石つくりだった。草に覆われて分かりにくかったが、写真のほかに20体を超す石仏があった。その中に、高さ50cmくらいの石柱のようなものがあった。何か刻まれているようだったが、風化しているためよくわからなかった。
石仏2 これは何だろう

古墳や遺跡と断定できるものはなかったが、可能性のあるものとして、郭のような平坦面が1、古墳状の高まりが2が見つかった。
郭の可能性のある平坦面は約15m×27mの広さがあった。しかもその周りは切り立った崖になっている。
この地域は全体的に山の改変が大きく近年削られた可能性も否定できないが、略図が×程度の測量をすませた。
古墳状の高まりは郭状平坦面の端に2つあり、ここには石仏が建てられていた。いまも誰かがお参りしているのか、どちらもしっかりと腰を下ろしている。
神社の裏の石仏 神社の裏の石仏

石仏を過ぎるとすぐに神社があった。横には現代風の瓦が山積みになっており、境内の石畳、石垣、石の階段など丁寧に作られているのをみると、つい近年まで地元の人に大切に守られてきたようである。
そこを下ると高さ4,5mはありそうな石の鳥居があった。大正5年に3名の世話人と地元の人10名くらいの名前が刻んだ石碑が立っている。鳥居が完成した大正5年は、この神社でお祭りが開かれていたことだろう。
神社1 神社の瓦 神社の石垣
神社の石畳 大正5年に建てられた鳥居

鳥居を出て道路に出ると、道路はアスファルト舗装され、民家も10軒くらいあるが、屋根瓦がめくれていたりしているところをみると廃屋になっているようだった。しかし、家の裏からは何かを燃やしているのか煙が見えた。まだすんでいると思われる家が2,3軒あった。

第9回みねやま子ども囲碁大会打ち合わせ

峰山地域公民館主催の第9回峰山子ども囲碁大会が1月31日(土)に開催される。
今日はその打ち合わせ会議があった。
31日には少年野球の大会があるため、いつも教室に来ているが参加できない児童もいる。今日現在の参加者は保育園児~6年生まで19名。もう少し増えそうだ。
この大会は12年ほど前から新山地区の行事として実施されている「新山子ども囲碁教室」の年度末の大会だったが、数年前から新山地区以外でも子ども囲碁教室が開かれるようになり、新山子ども囲碁大会に参加したいとの申し入れがあったため、峰山地域公民館の事業として「峰山子ども囲碁大会」として開催されるようになったものである。
大会要項や児童の引率などを各地区の役員さんと確認し、あとは参加者の増加を待つだけである。

打ち合わせが終了したあと、子ども大会だけでなく大人の大会にも話が及び、「子ども大会だけでなく大人の大会も盛況になってほしい」との意見が、囲碁を知らない公民館役員さんから出されたのはありがたかった。
昨年春に峰山囲碁同好会が発足し、京丹後市親睦囲碁大会が6月に、峰山町囲碁大会が11月に開催されたこと、2015年度も年2回の囲碁大会を開催できるよう囲碁同好会が動いていることなどを説明した。
囲碁人口はといえば、30代半ばで囲碁デビューをした私は、当時「若手のホープ」と言われたものだが、30年経った今もまだ年下の愛好家は非常に少ないことからもわかるように、年々減少している。

子ども囲碁教室で囲碁を覚えた子どもたちが30代40代になり、囲碁デビューをしてもらいたいものだ。

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